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下記「やくもの怪」の件、ワタシの「気動車の師匠」から回答頂きました。本人了解の上、ここにそのまま転載させていただきます。師匠からは「回答になったのかどうか甚だ怪しいですが・・・」との前置きも頂戴しておりますことをご了解願います。
以下参照開始
さて、問題の準急「やくも」に使用されていたというキハ25
ですが、73年2月のピクトリアルにこのような記述がありました。
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(前略)…新時代の息吹を伝えた列車が「やくも」で、34.9.22から
803・804Dとして米子-博多に運転を開始した。…(中略)…
博多直通は九州内の「有明」の運用に関連した。車両の不足により
キハ25×3で運転されていたが、間もなくキロ25×1、キハ26×3に
改められた。…(後略)
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まぁ一応キハ25が充当されていたのは極初期の段階のみ、という
ことだそうで、3連か4連というのも時期や曜日の誤差かも
しれません。問題の74-12号ジャーナルは手元になく、あわよくば
購入できるかと行きつけの鉄道雑誌屋(一般的には古本屋と言う)
を覗いてみたのですが、やはりそうは甘くありません。実際の
掲載がカラー写真なのかはっきりとしませんが、もし旧標準色の
キハ25で、しかも200番台あればかなり特定されます。
○○様ならばもう覚えてらっしゃると思いますが、新標準色
(朱4号のあれ)となったのは昭和34年9月落成車からですので、
それ以前の車輌で、しかもキハ25の200番台となるとかなり
限られるのです。有力候補は岡山です。岡山には34年7月29日
落成の230〜232と同年8月19日落成の225・226、同年同月27日落成
の
227・228がいました。落成から1〜2ヶ月程度の車輌ですので
準急に使用されても許容されるのではないでしょうか?もうひとつ
考えられるのが七尾です。例の「丹後」の場合と同じく、車輌の
貸出には柔軟だったのではという憶測だけではなく、201〜214とい
う
かなりの数の旧標準色のキハ25が揃っていること。そして当時
落成したばかりのキハ22が6輌もいたこと(実際は8輌ありました
が、うち2輌は1ヶ月もしないうちに転属しています)から、かなり
車輌に余裕があったのではないかと思われます。もしもこの
「暫定やくも」がキハ22で走っていたら、現代にも残る大ニュース
であったことは間違いないと思います。
と、こんな感じで貸し出し元の断定はできませんが、そうした
事態はあったことだけは確かです。余談ですが、昭和34年9月24日
は
伊勢湾台風があった日ですので、もしかすると何か関係があるかも
しれません(しかも充当されたと思われるキハ26はいずれも日車製)
。
以上参照終了
どんなものなのでしょうか?
http://d.hatena.ne.jp/ms99/
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