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TOMIX製C57 135の密閉キャブを生かして、山陰で唯一の四次型・190号機を製作中です。
ご他聞に漏れず、私も四次型はC57じゃないなどと決め付けて今まで見向きもしなかった
のですが、調べていくうちにこれはこれで精悍でかっこいいと思うようになりました。
これも蒸機ファンなら誰もが辿る通過点のようです。
190号機が米子に配置されていたのは1956年11月〜1959年9月のわずか3年間で、最終配置
の梅小路で集煙装置が外され煙突が短くなった姿が印象的ですが、スロハフ30連結の821
レ・浜坂→下関などを牽引した米子区時代の原型を再現することにしました。
出来の良い製品を損ねぬよう、できるだけ車体を削らずに、しかも分解も必要最小限で
済む改造方法を考えました。四次型の特徴である給水加熱器カバーと山型につながった
ランボードはプラ板で自作しましたが、ワールド工芸製の動力逆転機パーツが手に入った
のはラッキーでした。難題の舟底テンダーは、形状が異なるものの他に流用できる物が
ないので、テンダー本体はマイクロエース製D51戦時型を、石炭(上板)と台車は類似
の同D51ナメクジ用に交換しました。従台車はTOMIX製品のまま、ドローバーはマイクロ
エースのものを加工して使うことで、集電性能の確保と動輪の空転防止ができました。
また、190号機の場合、先輪の後側だけがプレート式なので、モリタ製に交換しました。
その他のディテールアップを含め順調に作業が進みましたが、思わぬ落とし穴が待って
いました。それは外見がC59のように見える最大の要因である欠き取り型のデフレクター
で、銀河のD51用を用意していましたが、長さ・フロントデッキの傾斜角ともに合わず、
使えないことが判明したのです。1/140のKATO製品向きだから、当然と言えば当然です。
図面で再検討したところ、どうやらレボリューションのC61用なら寸法・形状が合いそう
で、デフ待ちと、テンダーもC61がより近いので、入手できたら振り替える予定です。
意外にもC61との近似性が発見できた訳ですが、製造が1947年ころからと同時期であり、
かつC61はD51のボイラーを使ってC57の足回りを新製して作られただけに、頷ける面が
あります。C61と言えば昭和33年当時、国鉄ではC61を大阪−大社に6両導入する案が考え
られていたそうで、これも何かの因縁とするのは少々こじつけが過ぎましょうか。
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